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掌?短編? 夏空

夏空



その夏の日もまた、何時もみたいに暑い日差しが照りつけている。
その夏空の元で少年は、暑さをもろともせずに一人旅へと旅立つ。




空は何処までも広かった。
何時も眺めては何故こんなにも広いのか、疑問に思う毎日。
青くて白くて赤くて黒くて輝いて。
その果てをどうなっているんだろう。
雲はどうして、姿を変えるのか。
どうして雲は白くて、鼠色で空に浮いているのか。

毎日、疑問が湧きでては判らずじまい。
夏休みのプール終わりに。
友達と遊ぶ中で。
ゲームをしながらふと窓から空を見つめれば、毎日違った顔を覗かせる。

広い。
その広さを見たい。
確かめたい。
その湧き出て来る衝動に、少年は突き動かされて小さな一人旅を計画したのであった。

*

暑い。
今日も今年の夏の日々と同じように、平然と猛暑と呼べるような暑さになっていた。
日の熱によって草木は燃え上がり、臭いを放つ。
蝉が季節を漂わせる鳴き声を轟かせても、煩くも感じる事がないのはそれが日常化した風景の一部だから。
その蝉に負けないくらいに音を立てて道路を走る多くの車に雑多な喧騒を作り出す人の群れ。
陽炎に揺らめく横断歩道の向こうには、アスファルトの群生した町ではなく、草木が群生する緑の森が広がる。
平坦な土地は固められても、その山々は人の手を加えてもまだ自然と呼べる数々のものを残していた。

その喧騒ざわめき立つこの町の主要な交通網を一歩折れてみると、そこには閑静たる家々が根を張っている。
昔ながらの平屋が軒連ねたかと思えば、近代的な高層マンションが高々と伸びている。
不釣り合いが共存しながらも、いつしかその光景が日常となった。

午前中だというのに、日はかんかんと照り返してアスファルトの道路を焦がして行く。

タケルは、手拭いを首に巻き、キャップを被り、リュックサックに水筒とお菓子を入れ込んだ。

準備は万端。

夏休みは、もう一週間もなかった。
宿題もまだ終わっていない。親からは遊んでばかりいないできちんと勉強しなさいとお叱りを受けたばかりだ。

それでも、今日は父親が仕事で。母親は買い物に出ている。
タケルを縛るものは何一つ家の中には無かった。
やり込んだゲームさえもタケルの欲求を埋める事は出来なかったようだ。

「じいちゃん。行ってきます!」

タケルは大声で家の離れにある平屋に言い放った。
縁側には白のタンクトップと股引を着込み、水を庭に撒くおじいさんが一人。

分厚い眼鏡のレンズから見える瞳は柔和に曲がりくねって顔は笑顔に輝く。

「気を付けるんだぞ。」

その一言で、おじいさんは自慢の腕白坊主を送り出した。

その声にうん!。と元気な声で返事をしたタケルは、愛用している自転車に跨って庭から家の前まで勢い良く飛び出す。
一旦止まってから左右を確認して、真っ直ぐ道路を横切った。
家の前には一本の道が通っている。
今では旧道と呼ばれる対向車が来るだけで怖いような細い道だった。
今ではタケルの家の後には大きな道路が真っ直ぐに通り、殆どの往来はそちらが中心になっていた。
細い旧道を超えると土手が横に伸びながら広がっている。
タケルはその土手を勢い良く制覇しようと立ち漕ぎで駆けあがる。
タイヤが地面に呑まれ始めると、タケルは慌てて自転車から飛び降りて押し上げる。
やがて雄大な湖が顔を覗かせた。
土手の上は整備され、遊歩道となっている。
湖をぐるっと取り囲むようにできたその全長は大体20km。
タケルはその道路に沿ってペダルを踏み込んだ。
左回りで進んでいこうと初めから決めていた。
ルートは左回りで湖を一周する事。
それだけでタケルの住む町を含めて三つもの町を訪れる事ができるのであった。

湖面が生温かい西風で揺られて、少年の身体を撫でる。
向かい風だった。途端に自転車は遅くなり、ペダルが重くなる。

強く吹く風に対抗して漕ぎ続けると息が切れる。

それでも漕いだ。
次第に風は止み、次からは追い風になった。
今度は楽に進んでいく自転車にご機嫌になるタケルは順調に進んでいく。

誰にも出会う事のないところまで、飛び出して行きたかった。
その願望は日に日に高まり、幼い心ははち切れて夢を追うように駆けだしていた。

その日は、子供達以外の多くの大人は仕事で働いている。
ジョギングする人の数も散歩する人の数もまだまだ午前中。
疎らで、遊歩道は空いていた。
タケルは時折吹く向かい風に苦労しながらも着実に前と進んでいった。

釣りをしているおじさんが見える。
遊覧船の白鳥が遠くの湖上で悠々と滑っていた。
マラソンをしている集団を避けて、タケルは進む。

最初に目指したのは、湖から流れ出る川の始まりだった。
次第に聞こえて来る水の流れ落ちる轟音。
胸が高鳴った。言い知れぬ高揚感でタケルは無我夢中でペダルを漕ぐ速度を上げる。
川と湖を隔てる水門は、二門だけ開いていた。
雨が降らないためか水の量は少なかったが、それでも轟音は轟き、途方もない量の水を川へと送り出していた。

その光景を水門の上から眺め見る。自転車を止めて、手すりから、川の始まりの上から川を見つめた。
タケルは無性に嬉しかった。
この川は遠く、海まで繋がっている。どれくらいの距離かも判らない。
兎に角、遠く。見えない先で海へと流れ込んでいる。
その川の始まりの近くに住んでいて、こうして川が誕生していくところを眺められている。
なんだか、自分がこの川を造っているような気にさえなって、タケルは気分が良くなっていた。

見つめては、笑みを浮かべて自転車へ跨りペダル漕ぎ始める。

汗が止まらない。既にキャップは汗で黒く染まりつつあり、手拭いも湿っぽい。
それでも、タケルの顔に疲労の色は見えず、息を荒く吐き出しながらもペダルを漕いだ。

日はすっかり挙がっていた。
空を眺めては嬉しくなってまた前を見つめる。
今までとは違った所から、空を見上げている事が嬉しかった。
自分一人で旅をしている事を誰かに自慢したかった。

そして、タケルはある標識を見つける。
ここが境であるという目印だった。この標識の向こう側は隣町。
自転車を止めて、ゆっくりとその標識の横に並ぶ。
記念すべき第一歩は右足から。それでも先に入ったのは自転車の前輪だった。

町からは一人で出た事もない。
一歩外に出れば未開の土地のような、目に見える全ての風景が新鮮味に溢れかえっている。
隣町に入っただけで、世界を知った気分になれた。

暫く走ると、硫黄の臭いが漂ってくる。
隣町は温泉が湧き出る観光地だった。
タケルは初めて、自分一人で観光旅行をしている気分になっていた。
湖面に続く道の先には一つの小屋を見つけて思わず、自転車のブレーキを握りしめた。
おばあちゃんやおじいちゃんが水の中に足を入れていたのを見つけると、タケルは自転車を止めて、近寄った。

湯気が漂い、熱気を感じる。
温泉だ。タケルはびっくりしながらも入っていいかを聞いてみると。

「ここはタダだからね。誰でも入れるよ。」

おばあさんが優しく答えてくれた。
足湯といって、足を湯につけて温泉を楽しむものだとタケルは初めて知った。
靴下を脱いで足を入れてみると、心地よい熱さで身体がふやふやと脱力してしまうほどに気持ちが良かった。

湖面と空は似た者同士。
空を映す鏡みたいに湖は青く。それでいながら光り輝いていた。
空が太陽で。湖がお月さまのようだとタケルは思った。

リュックから水筒を取り出して麦茶を身体に流し込む。
一気飲みするほど、喉が渇いていた。その事が何より気分を良くした。
疲労が心地よい。

足湯からあがると手拭いで足を拭きとり、靴下を履いた。
出発!
そう意気込んでタケルはまた勢い良くペダルを漕ぎ、自転車を走らせる。

湖面では長いボートが何人も人を乗せてタケルの漕ぐ自転車よりも早く滑って行く。
負けじとタケルは自転車を飛ばしても追いつけず、次第に荒い息をと共に、元の速度へ落としていく。

対岸を見つめては、自分の家を探した。
土手に隠れて屋根しか見えない家ばかりだったけど、それでもタケルは探しながらも自転車を漕いで行く。

気付けば半分ほども走っていた。空に浮かぶ太陽は傾き始めていた。

足が重い。
ペダルがやけに重かった。ギアを軽くしてようやく進む。
ゆっくりと、だが確実に。

ふと前を見ると暫く前に見たのと同じ標識を見つけた。
遂に、三つ目の町を目の前に捉えた。
町の奥には夏なのに白い天辺の山が見えている。

疲れる身体と自分にがんばれと言い聞かせて、その標識を通り過ぎる。
何処までも続いていくかのような道筋を眺めては途方もないほど遠くへ来たような錯覚を覚えた。

もう走れない。

タケルは自転車を降りてふらふらと湖面へと歩み寄る。
湖面はきらきらと輝きながらも波を打ちつけている。

大きい石が沢山散りばめられている湖畔で、一際大きな岩の上で座り込むタケルはお尻に感じる熱も気にせず水筒の麦茶を口に押し込んだ。

ゴクゴクと勢いよく喉が音を立てて飲みこむと、もう一杯。
出てきたのはコップの半分にも満たない量で、もう麦茶はないという事をタケルに知らしめていた。
それでも残りを飲み干すとタケルはボーっと湖面を見つめていた。

石を背負っているように思えるほどに身体が重くて、自分の身体じゃないように言う事を利かない。

疲れてしまって一歩も動けない。文字通りだった。

足が痛い。ずっと漕いでいたから。
お尻が痛い。ずっと座っていたから。
体中が痛い。ずっとずっとここまで来たから。

何をやっているんだろう。そんな気持ちが出てきてしまう。
途端に襲ってくる無力感。
タケルの目じりには涙が溜まって行く。

この岩の上で座っている自分だけ。
自分以外、誰も居ない。
一人ぼっちになってしまったかのような気持ちにすらなった。

いつのまにか、空が陰り始めた。雲が鼠色になって空を覆い隠していく。
不思議な光景だった。タケルの真上は雲で空を覆い隠している。
辺りは暗くなり、空は曇っているのに、遠くには青々とした空が広がって、太陽の光が差し込んでいるままだったから。

やがて、大粒の雫が零れ落ちて来た。
たちまち音を立てて降り注ぐ雨の中で、タケルは大声を挙げて泣いた。
無性に、何故だか泣きたくなった。
我慢してたのに、空が泣きだしたから一緒に泣いた。

泣き叫ぶ声は雨音が包み隠すかのようにそっと。

どれくらいだろうか。

雨は泣き止み、タケルも泣き止んだ。

腕で涙を拭きとると、勢い良く立ちあがって自転車の元へ歩いていく。
どっしりと自転車に座り込み、ペダルを漕ぎ始めた。

帰ろう。自分の家に。
そう思うと自然に力が湧いてきた。
タケルは再び、漕ぎ始める。

今度は、家に帰る為に。
前を向いて自転車を走らせる。

*

空は赤く燃え上がり、湖面も町並みも赤く染め上げた。
おじいさんは相変わらず軒に立って水を撒いていた。
白い肌が焼ける事もなく、瑞々しい緑がそこには溢れている。

「ただいま。」

タケルは元気良く帰りの報告をおじいさんにする。
雨でずぶ濡れだったタケルの服は、自転車と共にそよぐ風と晴れた夕日に乾いていた。

「おかえり。スイカ切ってあるから手、洗って食べな。」

「うん!」

おじいさんは優しく微笑みながら、タケルを見送る。
夏休みはもう無いけれど、タケルはその後も遊び呆けて、結局夏休みの最終日に残った宿題を終わらせた。

それでも、決して文句を行って投げ出さずに。
最後までやり遂げた事に、両親はタケルを褒めて、タケルは当然だよ。と言って照れ隠しにトイレへと掛け込んだ。

夕暮れに夜が忍びより、秋の気配が漂う風がそっと世界を流れては溶けていく。

今年の夏の終わりは近い。




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