魔王と勇者と暗殺者 第三十五話
船に揺られながらも、カインの調子は宜しくは無かった。
左腕の疼きと共に、自身との空気の相性を考慮しなければならない事を理解した。果たしてこの痛みはどういった意味を持つのだろうか。カインは揺れる船の上で気だるそうに世界を覆う雲を眺めていた。
兎に角、西の沿岸都市で長期間の休憩を取る必要がった。そして、ジルが託した人物を探す事も忘れてはならない事であった。
本人曰く、直ぐに会えるはずだと言う言葉を信じるのならば西の沿岸都市を拠点とするのは悪くは無い。
何より、西に降り立つ玄関口である。そこを拠点として活動を開始するのは至極当然である。そこから、徐々に西の社会形態から国家の情報と民の噂話。調べることは多い。
カインは今、西を向いている。船に乗り、波に揺られながら。
カインの胸には一通の書状が託されている。それはジルベルトが魔族に襲撃された後に、カインに向けて託したものであった。
ふと、ジルの事を想う。
勇者であり、隠居をしている男。そのスキルは正しく勇者と呼べる代物であった。まさか、カインもジルベルトの能力を片鱗でも見る事ができるとは予想外であった。いや、あれがスキルなのか魔法なのか判らなかった。だが、事実カインが殺されると思った相手を、ジルベルトは相打ちという形で屠ったのである。あの身体でありながら。
ジルベルトはカインに己が勇者である事を告げてから変化していった。それはカインと出会い、会話を経て、心の中に溜め込んでいたものを必死に吐き出そうとしているように。
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