十ノ一 四
一磨が一人で外を歩いた事が無いのは、周りがそれを拒むからだった。理由無き外出はさも当然のように禁止され、修行や稽古と称された荒行。旧内海家臣団である武家衆との顔見せや合同鍛錬に同行する事はあっても、決して一人きりで自由気ままに歩き回る事は許されなかった。
外出の際に付き従うのは屈強かつ目と鼻の良い男達で、その男達は一磨が逃げ出さないようにぴったりと張り付き、厠にまで付いて来るほどだった。
息苦しい外出よりも、狭苦しくも限られた自由があった家の中が楽園に思えるほどの窮屈を覚えたほど、良い思い出が一磨にはない。
――今、僕は良い思い出のない内海の町を歩いている。たった一人で。
興奮冷めやらぬ思いを胸に秘めながらも、一磨は勤めて平静を装いながら街を歩く。
追っ手が掛かっている気配は無いが、油断は決してしていない。人生を賭けての行動を無碍に出来ない。
衝動的に飛び出した事だけは少々の悔いは残る。準備をしていればもっと余裕を持てたはずだ。とも思ったが、結局のところあの時の逡巡が全てだったのだから、今の状況こそが最善と思い直す。
今は草鞋、足袋すら履いていなければ、身銭を持っているわけでもない。
一磨はそっと人々の足元に目をやった。草鞋を履いている人も居れば、靴を履いている金持ちや流行に聡い人々も居る事が窺い知れる。様相も着物を着込む人も居れば洋服を来た洒落者も居る。対して一磨は裸足で、柳染めの着物に野袴(のばかな)という様相だった。身なりこそそれなりの着物を与えてもらってはいたが、それこそ体裁を保つ方法の一つとしての事だった。汚れでもつけようものなら、即懲罰が一磨を襲う。
着物に関しては、稽古着よりかは目立つ恰好ではない、それに顔を隠す必要は無いのも助かる事だった。一般の人々に、一磨の顔は知られて居ないだろうし、顔を知っているだろう家柄の良い者が徒歩で歩いているとは考えにくい。よしんば居たとしても護衛付きが自然、ならば発見も容易い。
一磨はそこまで考えると、思った以上に自分が冷静だと感じていた。初めて町を一人で歩いているのに驚くほど落ち着いている。他者の目を気にするわけでもないが、周囲に気を配りながら、丁寧に歩いていける。
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