十ノ一 参
一磨は稽古場の掃除を終え、屋敷にある土間へ向かっていた。
長い廊下から横に目を向ければ見事な庭園が広がり、庭師が三脚に跨りながら庭木の手入れに精を出しているのを望む事が出来る。
一磨は庭師に会う事をなるべく避けるように行動する癖がついている。
嫌な思いをするからだというのがその主な理由ではあるのだが、今の一磨はその庭師に挨拶をするべきか迷っていた。
視界に入っている庭師は一磨の記憶するところ、最近十河家にやってきた庭師で、見たところ白髪が混じる中年男だった。
一磨は庭師と限定する事無く、他者との関わりを怖いと思っている。にも関わらずだ、一磨の根底には人と関わりたいという欲求も持っていた。その欲求ゆえに一磨は挨拶するべきかを逡巡し、思わず立ち止まっていた。
庭師からすれば、廊下に佇みつつもこちらを凝視してきていると思しき一磨の存在に気付き、一瞥してから嫌そうに顔を顰めていた。
「お早うございます」
結局、一磨は挨拶を口にしていた。挨拶するという行為ときちんと聞こえるくらい大きな声で挨拶出来た事に安堵しつつ、顔は僅かに沈んでいく。
庭師が何も聞こえてはいないかのように仕事に没頭しているからだったが、一先ず集中しているからきっと聞こえなかったと思い込むことにした。
廊下を渡る一磨は明らかに沈んでいた。簡単に気持ちを切り替える事が出来るのならば、一磨はあれほど挨拶一つで逡巡などはしなかっただろう。淡い願いを未だに持ち続けていた自分の思い上がりに思わず双肩を下げてしまっている。
異世界入るまで長い。
入るとかなり強引に進む……かもしれません。
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