短編小説 背中を押して 五
コンビニで待っていたのは確かに姉さんだった。店内の雑誌売り場でファッション雑誌を読んでいる姿を、僕は駐車場から見つけていた。
「一時間以内にはまた電話すると思います」
タクシーの運転手さんにそう言うと、僕は店内に入って姉さんに近づいた。それは何処からどう見ても姉さんだった。だけど、姉さんに思えなかったのは何故だろうという疑問が浮かぶのを振り払うかのように、勢い良く店内に入った。
アルバイト店員らしい男の人がレジカウンターから気の抜けた声と、訝しい顔を向けられるという嫌な歓迎を受けながら、姉さんの元へ向かい、声を掛けた。
「お待たせ」
「遅い」
「何読んでるの?」
「流行り物」
そんな他愛も無い会話をしながらも、僕は姉さんを観察した。けれども、何がおかしいのか良く判らなかった。
「何か買う?」
「ココアかコーヒー」
「奢ってあげる」
「ゴチになります」と僕は言った。
姉さんも笑った。だけど、僕の疑問は消し去れないままだった。
何かが変わった気がしたのに、その何かが判らなかった。変わった所は沢山あるけど、髪の毛は黒に戻っている事も、化粧も薄化粧になった事も今に始まった事じゃなかったし、服装も今は茶色のコートと赤いマフラーをしているだけで別段奇抜でもなかった。
カウンターでコーヒーを二つ手にとって、小銭を出していく姉さんの仕草も、特に変わりは無かった。
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