短編小説 背中を押して
空は、『どんよりと』、なんて言葉が似合うほどに雲が垂れ込み、僕を陰鬱な世界へと誘ってきているかのようだった。僕は一人、地面よりも高い位置から暗闇に覆い隠されている世界を見上げていた。
本当に寒いと素直に思えるほど風は冷たく、僕の身体を撫でていった。全身が熱を求めて震えていようとも、効果は薄く身体が冷たくなってきていたが、気にする事も無く、吹かれるまま、凍えるまま、震えるまま、僕は世界の中を歩いた。
白い塗料で染められた金網の柵は芯まで冷え切っていて、氷のようだった。僕は握りこぶしが入るほど大きい網目に指先を掛けて、身体を揺らしながらもしっかりとした足取りで、その金網を乗り越えた。
僕は、せり上がったコンクリートの上に両足を乗せた。指先の感覚が消えていたので、少しばかりもたついてしまったが無事に降り立つ事はできた。
吹き荒れる風は、怒りに打ち震えているようにビルの隙間を通っては何処かへ消えて行った。耳障りな音をかき鳴らしながら、その風は何処を目指していったのだろうと思いを馳せながら、僕は目に見えない風を、適当に追いかけ、隔たりの無い高所から視線を這わせるように、立っているコンクリートの端から見える世界の果てを眺めた。
薄暗い世界が広がっていた。無機質で無個性で、でも落ち着いていながらも気だるそうな世界だった。
目の前には何の変哲も無いビルが伸びていて、窓から非常階段を示す緑色の薄気味悪い光が見えるくらいで、人が居るようには見えなかった。
そんな世界を眺めながら、僕はどんな気分だったのだろうか、と考えていた。何度もしたけれど、未だに答えが出てきたためしも無く、彷徨い続けている自問自答だった。
僕は笑った。少なくとも、今の僕と同じような迷子みたいな気持ちではなかったことだけは確かだ。
何せ、僕はどうしてビルの屋上から眼下を悠々と移動する自動車を眺めつつも、つま先を宙に投げ出しているのか、あまり理解していなかったからだ。
ただ、こうすれば少しは気持ちを判ってやれる、そんな独りよがりのためにやっているのだから、やっぱり僕は気持ちを判ってやれる事は、なかったのかもしれないと、自嘲めいた笑みを浮かべてしまった。
腰が引けているけれど、僕のつま先は世界の果てから顔を覗かせている。怖いのだろうと思えるくらいに、僕はまだ理性を保てている事を心のどこかで安心していた。
それでも、僕の思いは変わっていなかった。
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