長編小説 山賊は悪党で 四
ニールの町には、三つの酒屋があって人々に旨い酒と、酔っていれば味などどうでも良くなる料理を提供しているが、酒屋の規模からして「バッカスの欠伸」というなんとも変な名前の店が酒屋として一番大きく、酒屋を表す樽の看板にはその名が律儀に刻まれていた。
どうやら、主人の名前がバッカスで仕事中にも欠伸を良くするので、途中から看板に刻んだという話を、店内で騒ぐ野郎が叫んでいたのを、ヴァルトは小耳に挟んでいた。どうでも良かったが、少なくとも目の前で馬鹿騒ぎをしているユーリよりは有益な話だと思っていた。
「うめぇ、やっぱ酒はビールに限るぜ!!」
「出会った当初は葡萄酒以外は飲まないなんて言ってた餓鬼が」
ヴァルトが面倒くさそうにそう呟く。
以前は酒に弱い癖に、酒が好きなユーリを諌める事もしていたヴァルトだったが、注意すると余計に煩くなり、他の客に迷惑が掛かる上に、ヴァルト達の顔すら覚えられてしまう危険があったので、今はほどほどにしている。
「慣れって言うものは、こうも簡単に人を変えるとはね。怖いものだ」
その様子に、ヴォルフも苦笑いを浮かべるしか出来ない。
彼も、ビールを木のコップで呷っているが、ユーリとは煩さと態度が雲泥の差であった。
ボーに至っては、完全に居ないものと。いや、他人の振りをしているようにも見えるほど気にすらしていない。
「ヴァルトさん。聞きました?」
そんなボーがヴァルトに話題を振る。
突然の話題だったが、ヴァルトからすれば、ユーリの姿を見ているより時間の有効活用になるだろうと思って顔を寄せる。
「なんだボー? ダンがそろそろ性欲を持て余して襲い掛かってきそうな目でも向けていたのか?」
「なんですか、それ。そもそも『聞きましたか?』って言っているのに……とにかく、このニールの町に温泉があるでしょ?」
ヴァルトの軽口に露骨なほど顔を歪めながらも話を続けていくボーであったが、ヴァルトは温泉と聞くと大声を挙げた。
「あるな。今日は入りに行くか!」
「流石お頭、良い事言うぜ!!」
食い付くユーリに、口元を少し痙攣させるとボーは怒り付ける。
「ヴァルトさん! ユーリ!」
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