長編小説 山賊は悪党で 参
ニールの町は温泉が湧き出る町として、温泉を目的に来る人の往来がそれなりにある。
温泉は塩分を多く含み非常にしょっぱく、その温泉から塩を生産する事が出来るので山塩として売り出し密かな特産となっており、酔狂ながらその山塩と呼ばれる生産量が少ない珍しい塩があると聞いて訪れる商人も混じっている。
丘陵地に突然、森が消える土地にニールの町は佇み、その横にはなだらかな川が流れている。その川と寄り添うように、街道が町と町を繋いでいた。
その日、ニールの町にはある噂が広まっていた。他の町から来たという商人の話なのだが、その話の半分は信用して、半分は誰からも信用されなかった。前者は、狼の群れに襲われた事で、これを聞いた商人は早々に領主へ報告し、狼用の罠と狩人の組合(ギルド)に駆除の依頼を要請している。
後者は、山賊が商人を護ってくれたという事だ。この話を聞いた人々は皆、「面白い話だ」。と言って笑っていくか、怪訝な顔を浮かべるだけだったが、それも仕方が無いと、話した本人は思っている。
ザックスは喧騒に紛れるかのように、温泉の湯に浸かり――熱い。と感じつつ、すぐに身体の芯まで暖かくなっていく感覚に恍惚とした表情を浮かべて、目を閉じる。
山賊という賊徒の認識は本当に、人として底辺に位置し誰もが山賊の噂話を信じない。
ザックスは思う。きっと笑った人も、怪訝な顔をした人も、あれは当事者で無かった場合の自分自身の姿で顔だと。
だから、ザックスは特に信じてもらおうとはしていなかった。けれども、話したくて仕方が無かった。そう思えるほど奇妙で印象深い出会いだったと振り返る。
思わず、その事をニールの町を治める領主との面会で話し込んでしまったが、領主は意外にも面白い話だと笑い飛ばし、会って見たいと言った事を思い出して顔を綻ばせた。
酔狂な人は何処にでも居るものだ。
「良い湯だ……疲れが、取れる」
気の抜けた男の声が湯気と共に、空へ消えていった。
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