リヴォルト
太陽の光は熱を帯びて初夏の香りを運びながらも、神殿の敷地内を照らしていた。
雪はとうに溶け消えながらも高所である山々の頭は未だに白く彩られ、平地には新緑が顔を出し始めていた。
その太陽の元で、一人の戦人が故郷へと、愛する者の元へと戻ってきた。
「どうして……母上は頭だけになってしまったの?」
少年の疑問に男は息を飲んだ。
涙を流すわけでもなく、喚き散らす事もしない。
ただ疑問に思った事を、その丸い二つの瞳を男に向けながら小さく呟いた。
その呟きは、男だけではなくこの場にいる全ての大人を黙らせ、胸の内を締め上げた。
その一団の中で、一際目立つ集団が居る。
全員が鎧を着込み、王国紋章と自家紋章を縫い込んだマントを羽織っていた。
その鎧を着込んだ集団が群集の中で一歩前に出る。
先頭に立ったのは、少年の母親が死んだ戦場で指揮をしていた大将であった。
「此度の戦。アンネリーゼ・ヘルトリングは勇猛果敢に戦った。」
兜を脱ぎ去り、一同は左脇にその兜を収めながら、剣を抜き去る。
剣身を寝かし、柄を胸元へと置き不動とした。
「敵決死隊による本陣への奇襲により敗走した我が軍への執拗な追撃をかわし、国家の勝利への時を稼ぐために――」
その場に居る、全ての人間に男の口上が頭の中へと入っていく。
「三百余騎を率いて見事、殿を果たした。」
討ち取られたアンネリーゼの首は敵軍の元で、晒し首になるのが当たり前の時代。
部将という隊を指揮する立場に置きながらも前線で槍を奮い、多くの敵兵を屠り去り死んでいったのだ。
「アンネリーゼ・ヘルトリング。貴殿の類稀なる戦場での戦果により、我々は生き永らえ、貴殿の愛したリヴォルト王国は勝利した! 貴殿の愛したリヴォルトに侵攻してきた者どもは我々が一人残らず追い出し、殺した!」
当然、晒し首になりその首級を挙げた者は栄誉を与えられて然るべきであったはずだった。
それでも、アンネリーゼの活躍を目の当たりにしても尚、敵国の軍を率いていた将は首を返上したのだ。
何故、そこまでしたのか誰にも理解できなかった。
ただ、一つ確かな事がある。
敵国に勝利した際に、敵兵は口々に恐怖を述べ、敗残の将達は首を刎ねられるその時まで、アンネリーゼを讃えて、顔を恐怖に染め上げる事も無く、戦人としての最後を迎えた。
「貴殿の活躍は未来永劫我らの胸に刻み付けられる。貴殿が居たからこその勝利! 貴殿が死んだからこそ稼いだ時によってリヴォルトは勝てた! この事実を! 我々は貴殿の死を決して無駄にはしない事をここに宣言する!」
その声と共に、剣身を起こすと顔まで柄を挙げ、斜め前に腕をしっかりと上に伸ばしながら天へと切っ先を向けた。
剣の白刃は太陽の光によってより一層、美しい姿へと昇華していった。
「父上……。父上は居なくなったりしないよね?」
粛々と進められた葬儀を終え、参列者が帰っていく中で、少年は言葉を漏らす。
透き通るようなアクアマリンに輝く瞳が母の亡骸を見たときと同じく、涙を流す事もなく真っ直ぐと父親を見つめていた。
「嗚呼、大丈夫だ。私は絶対にお前を一人にしないよ。」
父は子を優しく抱き寄せ、銀色の髪の毛を撫でた。
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